エグゼクティブ・サマリー
- 安全対策の本体は設備ではなく手続きである。リスクアセスメントを実施し、その過程と結論を文書に残すこと自体が、法令が求めている中身にあたる。
- 安全の責任はSIerに丸投げできない。労働者を働かせる事業者、すなわち発注者側が負う義務が明確に存在する。契約書に「安全はベンダー責任」と書いても、この義務は移転しない。
- 設計段階で決まる。稼働直前に安全屋を呼んでも、できるのは柵の追加とインターロックの後付けだけで、レイアウトも動線もその時点では変えられない。
- 協働ロボットは「柵がいらないロボット」ではない。柵がない代わりに、接触時の力・圧力を評価する義務が増える。検討項目はむしろ多くなる。
- 教示・検査などの作業には特別教育が必要になる。誰がいつ受けるかを工程表に載せていないプロジェクトは、稼働直前に止まる。
なぜ「安全」は最後に慌てる項目になるのか
ロボット導入プロジェクトで、安全が主要議題として初めて登場するのは、たいてい据付の1〜2か月前である。それまでの議論はスループット、投資回収、工程適合性で埋まっている。
そして据付直前になって、こういう会話が起きる。
「この配置だと安全柵はどこに立てますか」 「ここに立てると、部材を供給する台車が入れません」 「では扉にしましょう」 「扉を開けるたびに止まるなら、供給のたびに停止しますよ。時間当たり何回開けますか」 「……40回です」 「それでは想定サイクルタイムが出ません」
この時点でレイアウトを引き直すことになる。安全要件が生産性要件と衝突していることが、投資判断のあとに判明するというのが、典型的な失敗の形である。
原因ははっきりしている。安全を「設備の付属物」だと考えているからだ。実際には、安全は作業者の動線・供給方式・段取り替えの頻度と一体で決まる。つまりToBe業務設計と同じレイヤーの話であり、要件定義の段階で扱うべき項目である。
本稿では、法令が何を求めているのかという骨格を押さえたうえで、導入7工程のどこで誰が何を決めるかを整理する。なお、法令・規格の条文は改正される。本稿は構造を理解するための整理であり、適用にあたっては必ず最新の一次情報と、所轄労働基準監督署または専門機関の確認を得ることを前提とする。
骨格:発注者が負う義務の構造
日本のロボット安全に関する要求は、大きく3層で理解すると整理しやすい。
| 層 | 中身 | 性格 |
|---|---|---|
| ① 労働安全衛生法・同規則 | 産業用ロボットの運転中の危険防止、教示・検査時の措置、特別教育など | 義務(罰則あり) |
| ② 指針・通達 | 機械の包括的な安全基準に関する指針など、リスクアセスメントの進め方を示すもの | 行政指導・実質的な標準 |
| ③ 規格(ISO/JIS) | ISO 12100(機械安全の一般原則)、ISO 10218-1/-2(産業用ロボット)、ISO/TS 15066(協働運転)、対応するJIS | 任意だが、事実上の判断基準 |
実務上、重要なのはこの3層が「別々のもの」ではないという点である。①が「危険を防止せよ」と要求し、②がその進め方を示し、③が「どこまでやれば十分か」の技術的な物差しを与える。監督署の指導でも、事故後の責任判断でも、③に沿っているかどうかが実質的な評価軸になる。
発注者が負うもの、SIerが負うもの
ここが最も誤解されやすい。整理するとこうなる。
- 機械そのものの安全性——ロボット本体・周辺機器・システムとしての設計上の安全は、供給する側(メーカー・SIer)の領域。
- その機械を使って労働者を働かせることの安全——作業手順、教育、点検、立入管理、非定常作業時の措置は、労働者を雇用している事業者、つまり発注者の領域。
つまり、SIerが完璧な安全システムを納めても、発注者が教育をせず、手順を定めず、非定常作業のルールを作らなければ、法令上の義務は果たされていない。逆に、発注者がいくら気をつけても、機械側の安全設計が不十分ならリスクは残る。両方が必要であり、片方に寄せることはできない。
契約時に確認すべきなのは次の3点である。
- リスクアセスメントを誰が実施し、誰が文書として残すか(共同実施が望ましい)
- 残留リスク——設計で除去しきれず、使用上の注意や手順でカバーすべきリスク——をどの文書でどう伝達するか
- 据付後の妥当性確認(検証)に発注者が立ち会うか
3点とも見積書には出てこない項目である。だからこそ、SIer選定の段階で聞いておく。
リスクアセスメントの実務——4つのステップ
リスクアセスメントは難解な作業ではない。手順は単純で、面倒なだけである。そして、面倒だから省略されて事故が起きる。
ステップ1:危険源を洗い出す
「どこが危ないか」ではなく、「どんな種類の危害があり得るか」から入るのがコツである。挟まれ・巻き込まれ、衝突、落下、飛来、切創、感電、高温、有害物、視界不良——といった類型で機械的に当たっていく。
洗い出しの単位は「作業」である。運転中だけでなく、次の非定常作業を必ず含める。
- 教示(ティーチング)とその確認運転
- 段取り替え・治具交換
- 材料補給、完成品の取り出し
- エラー復旧・詰まり除去(最も事故が多い場面)
- 清掃
- 点検・保守・部品交換
- 試運転、立ち上げ調整
現場で聞く「うちは大丈夫」の大半は、運転中しか見ていない。事故は非定常作業で起きる。
ステップ2:リスクを見積もる
危害のひどさ(重篤度)、危険源に近づく頻度、回避できる可能性——この3軸で点数化するのが一般的である。表の形式は各社各様でよいが、同じ物差しで全項目を評価することが肝心だ。
| 評価軸 | 高 | 中 | 低 |
|---|---|---|---|
| 重篤度 | 死亡・永久障害 | 休業を要する負傷 | 手当のみ |
| 頻度・暴露 | 毎日・作業ごと | 週数回 | 稀 |
| 回避可能性 | 回避不能 | 条件次第 | 容易に回避 |
ステップ3:優先順位に沿って対策する
ここが最も重要である。対策には適用すべき順序がある。
- 本質的安全設計——危険源そのものをなくす。動作範囲を狭める、速度を下げる、鋭利部をなくす、そもそも人が近づかなくてよい設計にする。
- 安全防護・付加保護方策——柵、ライトカーテン、エリアセンサ、インターロック、非常停止、イネーブル装置。
- 使用上の情報——手順書、表示、教育、保護具。
現場でよく起きるのは、1を飛ばして3に行くことである。「作業手順書に『稼働中は立ち入らない』と書きました」で済ませてしまう。人は手順を破る。破ったときに死なない設計になっているかが問われる。
対策後には再度リスクを見積もる。対策で新たな危険源が生まれていないかも確認する(柵を立てたら死角ができた、扉が開くたびに停止するので現場が扉を無効化した、など)。
ステップ4:記録に残す
洗い出した危険源、見積もり結果、実施した対策、残留リスク、そしてそのリスクを誰にどう伝えたか。この記録が、リスクアセスメントを「実施した」ことの唯一の証拠になる。頭の中でやったものは、実施していないのと同じ扱いになる。
特別教育——工程表に載っていますか
産業用ロボットの教示等の業務、および検査等の業務には、法令に基づく特別教育が必要とされている。学科と実技があり、実施はメーカー、工業会、教育機関などが行っている。
実務上の落とし穴は3つある。
- 稼働直前まで誰も受けていない。受講枠には限りがあり、直前に申し込んでも席がない。据付日から逆算して手配する。
- 教示と検査は別である。片方だけ受けて両方やらせている現場がある。
- 異動・退職で有資格者がゼロになる。誰が受講済みかを台帳で管理し、複数名を確保しておく。
なお、出力が一定値以下の小型のものなど、産業用ロボットに関する規定の一部が適用されない扱いも存在する。ただしこの範囲の判断は個別の解釈に依存するため、「小さいから対象外」と自己判断せず、機械の供給者および所轄に確認すること。適用除外であることと安全であることは別の話でもある。
協働ロボットで検討項目はむしろ増える
「協働ロボットなら柵がいらない」という理解は、半分しか正しくない。正確には、接触時の力と圧力が人体に許容される範囲に収まることを評価・検証できれば、柵なしの運用が成立し得る、という話である。
評価が必要になる項目は次のとおりで、柵で隔離する場合よりも検討は細かくなる。
| 検討項目 | 内容 |
|---|---|
| 協働の方式 | 監視停止/ハンドガイド/速度・距離監視/力と圧力の制限——どれを採るか |
| 接触部位 | 身体のどの部位に当たり得るか(頭部・顔面が当たり得る配置は原則避ける) |
| 接触形態 | 押される(過渡接触)か、挟まれる(準静的接触)か。挟まれのほうが厳しい |
| エンドエフェクタ | ロボット本体が安全でも、ハンドやワークが鋭利・高温なら意味がない |
| ワークと周辺 | 搬送物の形状・重量・温度、周辺構造物との挟み込み |
| 実測 | 設計値ではなく、実機で力・圧力を測定して確認する |
とくに見落とされるのが「エンドエフェクタとワーク」である。協働ロボット本体は安全設計でも、その先に付けた真空パッドの角、加工中の切粉、加熱されたワークまでは面倒を見てくれない。安全なのはロボットではなく、ロボットシステム全体である——ここが評価の単位になる。
導入7工程のどこで何を決めるか
RobiZyが用いる導入7工程に安全タスクを割り付けると、次のようになる。②までに骨格が決まっていないと、後工程で必ず手戻りする。
| 工程 | 安全タスク | 主担当 |
|---|---|---|
| ① RXビジョン・構想策定 | 対象作業の危険源の当たりをつける。安全要件が成立しない案を早期に落とす | 発注者 |
| ② 要件定義・PoC・選定 | 安全要件を要件定義書に明記。SIerとの責任分界を契約に反映。特別教育の計画を立てる | 発注者+SIer |
| ③ ToBe業務設計・スケジュール | 動線・供給方式・非定常作業の手順を安全と一体で設計 | 発注者主導 |
| ④ システム設計 | リスクアセスメント本番。安全回路・防護方策の設計。残留リスクの特定 | SIer主導+発注者参画 |
| ⑤ 開発・導入 | 据付後の妥当性確認。発注者立会いで実機検証。取扱説明書・残留リスク情報の受領 | 共同 |
| ⑥ 定着化 | 作業手順書の整備、教育実施、有資格者台帳の整備 | 発注者 |
| ⑦ 運用 | 定期点検、変更時の再アセスメント、ヒヤリハットの収集 | 発注者 |
⑦の「変更時の再アセスメント」は最も忘れられる項目である。ワークの種類を増やした、ハンドを替えた、レイアウトを少し動かした、サイクルタイムを上げた——これらはすべて、リスクの前提を変える。導入時に一度やって終わりにすると、数年後には実態と文書が乖離する。
稼働前チェックリスト
据付から稼働までの間に、発注者側で確認する項目である。SIerからの提出物として求めてよい。
- リスクアセスメントの記録があり、非定常作業が含まれている
- 残留リスクの一覧を受領し、作業手順書に反映した
- 非常停止の位置を、実際に作業する人が届く位置で確認した
- インターロックが実際に機能することを、実機で動作確認した
- エラー復旧の手順が文書化され、「電源を切ってから」の条件が明記されている
- 教示・検査の特別教育修了者が、必要人数(最低2名)確保されている
- 作業手順書に、立入禁止範囲と解除条件が図で示されている
- 定期点検の項目・頻度・記録様式が決まっている
- 変更が生じた場合に再アセスメントする、という運用ルールがある
- 協働運転の場合、実機での力・圧力の確認結果を受領した
このうち1つでも空欄があるなら、稼働開始は延期する判断がありうる。延期の損失は計算できるが、事故の損失は計算できない。
よくある3つの誤解
「CEマーキングがあるから大丈夫」——機械単体の適合と、その機械を組み込んだシステムの安全は別の話である。組み合わせた時点で新しい危険源が生まれる。評価の単位は常にシステム全体である。
「SIerがやってくれる」——SIerは機械側の安全を設計する。作業手順・教育・立入管理・非定常作業のルールは発注者の領域であり、これを誰も設計しないまま稼働する現場が実在する。
「安全にコストをかけると投資回収が悪化する」——順序が逆である。安全要件を後から追加するほうが高い。レイアウト変更、追加センサ、サイクルタイム悪化——これらは設計段階なら図面上の修正で済む。ROIの試算には、最初から安全対策費を含めるべきである。
まとめ
- 安全対策の本体はリスクアセスメントという手続きであり、その記録が実施の証拠になる。
- 発注者の義務はSIerに移転しない。作業手順・教育・立入管理・非定常作業のルールは発注者の領域である。
- 対策には順序がある。本質的安全設計 → 安全防護 → 使用上の情報。手順書に書いて終わりにしない。
- 事故は非定常作業で起きる。教示・段取り替え・エラー復旧を必ず評価対象に含める。
- 協働ロボットは検討項目が増える。評価の単位はロボット単体ではなく、エンドエフェクタとワークを含むシステム全体である。
- 特別教育は据付日から逆算して手配する。複数名を確保し、台帳で管理する。
- 変更したら再アセスメントする。この運用ルールがないと、数年で文書と実態が乖離する。
- 法令・規格は改正される。適用にあたっては必ず最新の一次情報と専門機関の確認を得ること。
RobiZyはロボットを販売しないNPO法人として、中立のコーディネーターの立場から、安全要件を構想・要件定義の段階から導入計画に織り込む支援を行っています。安全とレイアウト・サイクルタイムの両立は、特定のメーカーやSIerの立場からは提案しにくい領域です。「この工程はそもそも自動化してよいのか」という構想段階からのご相談も、無料で承ります。