エグゼクティブ・サマリー
- 要件定義書は仕様書ではない。「ロボットに何を、どの条件で、どこまでやらせるか」を発注側の言葉で確定させる文書であり、設計手段はここに書かない。手段まで書くと、実現方式の責任が発注側に移ってしまう。
- 見積が各社でばらつく最大の原因は価格差ではなく、要件の曖昧さを各社が別々に解釈していることである。「小物部品」「なるべく速く」「基本的に無人」——この三語があるだけで、提案の前提はまったく揃わない。
- 最も抜けやすいのは、対象物のばらつき・例外処理・段取り替え・上流下流のインターフェース・停止時の運用の五つである。これらは設計後に露見すると、追加費用と納期遅延に直結する。
- 性能要件は裸の数字で書かない。「どの条件下で、どの母集団に対して、どう測るか」をセットで書く。「タクト10秒」ではなく「対象A群(構成比70%)を、常温・定位置供給の条件で、連続100サイクル計測の平均で10秒以内」と書く。
- 要件定義書は一度書いて終わらせない。PoCの結果で更新することを前提に版管理する。書けない項目は「未確定・PoCで確定」と明記して残す。空欄のまま出すと、埋めたのは受注側の想像になる。
なぜ要件定義書で案件の成否が決まるのか
ロボット導入の相談を受けていて、最も多く目にする失敗は「動くものはできたが、現場で使えない」である。原因をたどると、設計や施工の腕前ではなく、要件定義の段階に行き着くことがほとんどだ。
現場は自分たちの作業を熟知しているがゆえに、当たり前のことを書かない。「たまに材料が濡れている」「月末だけ倍量流れる」「この工程は熟練者が目視で選別している」——現場では説明するまでもない事実が、文書には一行も現れない。受注側はそれを知らないまま、書かれた条件だけで最適な設計を組む。結果として、平常時は完璧に動き、現場の実態では止まる装置ができあがる。
要件定義書の価値は、網羅性でも分量でもない。発注側と受注側が同じ絵を見ている状態をつくること、それだけである。分厚い仕様書を作っても、対象物のばらつきが一行も書かれていなければ、その文書は役割を果たしていない。